新潟が米王国の威信をかけて2008年から開発し、コシヒカリと共に新たなブランド米に育ていこうと、今年10月、そのベールを脱いだ「新之助」。新しいの「新」、新潟の「新」の文字をその名に配し、誠実で芯が強く、かつスタイリッシュな現代的日本の男児をイメージして「新之助」と命名されました。新之助は、コシヒカリに比べて稲の長さが10センチほど短いことから、台風に強く、さらに猛暑でも枯れにくいことも特長です。コシヒカリは暑さに弱く、5年前は猛暑で品質を落したものの、新之助はその猛暑にも耐え、味の追求だけでなく、コシヒカリの弱点も克服しています。先日初めて新之助を食しましたが、大粒で甘味が強く、しっかりとした粘りと弾力があり、見事な食感と香り。今までにないインパクトの強さを感じ、コシヒカリとは別物という印象を受けました。冷めても美味しく、時間が経っても固くなりにくい性質のため、弁当やおにぎり用としても、大きな需要が見込めます。
日本人にとって、本来、米は命を繋ぐための大事な食料で、戦中・戦後の食糧難の時代まで、米は「おなかを満たす」ためのものでした。その後、1960年代に需要より供給の方が上廻り、1970年代、数多く米を収穫する多収性から、品質改良を行い、味の良さを追求する風潮が生まれはじめ、次第に「コシヒカリ」と「ササニシキ」の2大銘柄の時代が到来します。その後、「あきたこまち」を皮切りに、新品種が次々と登場しましたが、「コシヒカリ」は他の追随を許さず、人気実力共に着実に上昇。次第に日本米は「コシヒカリ」一強時代を迎えます。しかし近年、画期的な品質改良が全国各地で行われており、他品種でもコシヒカリと同等に評価される米が次々と登場し、米の多様化が進んでいます。それらの品種は、コシヒカリとは異なる味の特徴を持っており、そうした米の味覚の多様化によって消費者の趣向の多様化も進み、米のブランドを選ぶ消費者が増えてきました。
今、日本米は戦国時代を迎えています。日本穀物検定協会の食味ランキングによると、最高ランクの「特A」を獲得した銘柄米は、2000年は11銘柄だけでしたが、2010年には20銘柄、今年2016年は46銘柄と増加傾向にあり、全国的な生産技術の向上には目を見張るものがあります。特に2011年以降は、特Aに不向きの地域とされていた北海道と九州でも顕著な増加が見られ、中でも、2011年にデビューした北海道産米「ゆめぴりか」に対する評価は、北海道産米のイメージを覆しました。元来稲作に適さない気候風土のため、北海道産米は、生産量全国1、2位を争う産地でありながら、その多くは低価格米で二流産地というイメージでしたが、逆境に打ち勝つべく品種改良を重ね、「ゆめぴりか」は特Aの中でもトップクラスの評価を受けるまでに飛躍を遂げています。九州も稲作に適さない気候風土でしたが、近年の品質改良は特筆すべきものがあり、米の作付け面積別ランキング全国第3位の「ひのひかり」は九州生まれで、今年2016年は熊本と宮崎で特Aの評価。鹿児島の気候に適合した、鹿児島でしか手に入らない「あきほなみ」も、今年特Aの評価を受けています。
一方、東北でブランド米にいち早く取り組んだのが山形県です。2010年デビュー以来、連続特Aの評価を獲得している「つや姫」は味の総合力に秀で、一躍全国区の人気米となりました。コシヒカリに代わる日本一の米に育てようというのが山形県の考えで、全国で勝負できるブランド米になるには、1県の力だけでは難しいと、生産量を増やすべく、つや姫の種子を他県に配布してシェア拡大を目指しています。「つや姫」の評価は、魚沼コシヒカリに次ぐ2番手に位置しており、全国の小売価格を調査している米穀安定供給確保支援機構のHPによると、平均単価(1キロ)は、魚沼コシヒカリ(527円)が断トツの1位で、第2位が山形つや姫(447円)、第3位が北海道ゆめぴりか(432円)、第4位が新潟コシヒカリ(378円)と続きます。「つや姫」と「ゆめぴりか」は、新潟コシヒカリの価格を超えており、10年前は考えられなかった現象。10年後、絶対王者である日本米の最高峰・魚沼コシヒカリから王座を奪取すべく、全国各地でさらなる品質改良が進められています。
高品質な米の生産は難しいとされてきた北海道や九州で、次々と特A評価の新ブランド米が開発されているのは、技術革新と農家の努力の賜物と言えるでしょう。今後は、更に北海道や九州の米に注目が集まっていくものと予想されます。このように新しい品種が次々と台頭する背景には、大きく2つあります。一つ目は、日本人の食生活の変化による米離れです。米の消費量は年々減少しており、1960年代、年間で1人約120キロの消費に対し、現在は約60キロと半減しています。この米離れに危機感を持った自治体や農家が、高品質のブランド米の開発に力を入れました。2つ目は、近年の地球温暖化による気象条件の変化に対応する必要が出てきたことです。猛暑によって米の品質が落ちるというケースが全国的に多発しており、暑さに強い品種開発が求められています。保守的とされる米の世界で、既成概念を打ち破るブランド米が次々出現しており、新品種の開発競争が激しくなる中、少しでも強く消費者に印象付けるブランド戦略を打ち出していければ、米業界はさらに活気付くでしょう。
日本の米は「旨味」が重要視されてきましたが、近年「甘み」に移行しつつあります。これは、日本人の噛む回数が減少していることが要因で、噛む回数が多いと旨味が感じられ、少ないと甘味が強調されます。そのため、インパクトのある甘味が感じられる米が受け入れられており、近年のブランド米は、甘味が強調される傾向にあります。そして、それらブランド米の最大の特徴は、何と言っても「食感」です。米の美味しさは食感の占める割合が大きいと言われていますが、ブランド米は総じて粒感がしっかりしつつ、柔らかい塊感を兼ね備えており、この食感は年々進化していると感じています。中でも「新之助」は秀でており、日本米の新たな食感の基軸になるのではないかと思っています。海外の食通の方々にも、一定の評価を受けることは間違いないでしょう。TPPはアメリカ離脱宣言で暗礁に乗り上げているものの、新ブランド米の輸出は、今がまさにチャンスの時と言えます。和食がユネスコ無形文化遺産に登録され、和食の基本である「米」が世界的に認知されつつある今、あらためて私たち日本人が日本の米を味わい、新たな価値を認識した上で、その感動を世界へ発信していく時であると感じています。