[第12号] エルメスが継承する同族経営の美学

伝統の技術とセンス。それを現代化する努力と知性。世界を代表するブランド「エルメス」がブランドを創り上げてきた要素です。以前、エルメスジャポン様 と新潟伊勢丹様のご紹介により、エルメス職人のローラン・プリウール氏がご来社され、技術交流や情報交換を行いました。その際、モノづくりに対するこだわ りや、家業を大切に受け継ぐ精神などをお聞きし、圧倒的に高価でありながら異常なまでの人気を得た背景には、高水準の職人技術はもちろん、徹底した同族経 営を展開されていることを認識しました。エルメスは、先人から受け継いだ技術や精神をいかに継承し、発展させて次代へと伝えていくかを最優先に考え、ブラ ンディングを実践されているのです。

エルメスは1837年、エルメス初代、ティエリ・エルメス氏が馬具工房を開業し、お客様との会話の中から完全オーダーメードの高級馬具を製作していまし た。20世紀に入り、3代目エミール・モーリス・エルメス氏の代になると、フォードが自動車を開発し、「このままでは馬具業は危うい」と直感。先代から受 け継がれてきた技術やセンスをいち早くトランクやバッグに活かし事業転換したところ、自動車を所有する上流階級の顧客から高い支持を得、新たな市場開拓に 成功しました。現代における業態転換を行って成功した世界的ブランドの一つがエルメスと言えます。

エルメスは、お客様と共に商品をつくりあげていくビジネスを創業当時から徹底して実践されており、「こだわりのお客様」と「究極の技を追求する職人」が 存在することによって、初めて最高のモノづくりが出来ると考え、お客様のご要望以上の品を提案していく教育が実践されています。また、分業制は採用せず、 一人の職人が製造開始から完成まで責任を持って製作され、特に、ケリーやバーキンというバッグには、製造年月日と製造場所、職人名が刻まれ、その商品が修 理に出された時には作った職人まで届けられ、責任をもって修理されるという、責任所在を明確にしたモノづくりが行われています。

20世紀に入り、大量生産・大量消費を基本としたビジネスが時代を謳歌しても、エルメスは一人ひとりのお客様のために、手作業でモノをつくるというやり 方を、黙々とやり続けてきました。お客様との会話のあるビジネススタイルを代々継承し、創業者の精神を貫いてきた背景には、家業としての哲学と長期的経営 ビジョンが、しっかりと根づいているからであると思います。経営学の第一人者ドラッカーは、「マーケティングの狙いは、顧客を十分に知り、理解することに よって、プロダクトあるいはサービスが顧客によく適合し、自ら売れて行くようにすることである」と定義しています。この定義からすると、伝統技術の伝承を 通じて、エルメスが行なってきたビジネスこそが、マーケティグそのものであると考えています。