[第140号] フェラーリが世界に示した、 地場産業のブランド戦略

 今年1月下旬、企業のブランド価値を評価する英コンサルティング会社「Brand Finance(ブランド ファイナンス)」が発表した「Brand Finance Global 500」において、 イタリアの自動車メーカー・フェラーリが世界一の座に輝きました。全世界の幅広いカテゴリーの企業を対象に、企業ブランド力を数値化しランキングにしたもので、フェラーリの選出は2年連続となり、まさに世界最強ブランドの座を不動のものとしました。独特の曲線を活かしたシャープなフォルムと芸術作品とまで称されるエンジン。その洗練されたデザインと革新性は世界に広く認知され、フェラーリのエンブレム「プランシングホース(跳ね馬)」は、ブランドの強さ、活力、そして自動車という枠を超えて成長を続けるブランドシンボルとして、輝きを増し続けています。

 1947年、エンツォ・フェラーリ氏によって設立されたフェラーリ社。創業当初はモータースポーツへの過剰な投資が足かせとなって経営危機に陥り、1960年代にはフィアットの傘下に組み込まれました。その後、経営の立て直しが行われ、従来から行われていた限定生産に対してより希少価値を生む戦略を拡大。年間生産台数が約1000万台のフォルクス・ワーゲンに対し、フェラーリは僅か約1万台と、その差は約1000分の1という少量生産です。フェラーリの年間生産台数は、価値を損ねないようバランスをとった数字を弾き出し、どんなに市場から渇望されても、計画した台数のみの生産によって、ブランドの希少性を高めています。

 フェラーリの経営戦略は、市場で「何をやらないか」を明確に示しています。大量生産による大衆車の生産は一切行わず、スーパーカーに特化。業界のトレンドである自動運転、電気自動車、SUV市場にも参入していません。乗ること、所有することの幸福感の追求を一貫して貫き、市場のニーズでは無く、顧客のウォンツを刺激しています。中古車の審査も厳格で、専属スタッフが細部を細かくチェックし、状態の悪い場合は復元させるため、中古車でも値崩れせず、ブランド価値を下げないようにしています。このように、世界的なシェア拡大を目指す大手メーカーとは対照的に、フェラーリは高級スポーツカー市場でリーディングポジションを保ち、ブランドの独自性と価値を向上させるビジネス展開を徹底して実践しているのです。

 職人が手作業で組み上げるフェラーリのクラフトマンシップ、そしてブランドストーリーは、モノづくり大国・日本人の琴線に触れ、年間生産量の約10分の1を日本人が購入しており、高い割合を占めています。創業55周年を記念して販売されたエンツォ・フェラーリ(2002年発売)をデザインしたのが日本の奥山清行氏であり、彼がイタリア人以外で初めてフェラーリをデザインした日本人であることも、フェラーリと日本の特別な関係性、物語性を深めた大きな要因と言えるでしょう。奥山氏は玉川堂ティーポットのデザインも手がけたことがありますが、常々「日本の地場産業はフェラーリのブランド戦略を学ぶべき」と話されており、そのブランドの伝説化と独自性の追求には、私自身も大きな刺激を受けています。

 イタリアは地場のモノづくりが連綿と受け継がれており、従業員10名以下の企業がイタリア企業全体の約95%を占め、先進国の中で最も中小企業の比率が高い国です。ローマ帝国時代、そして、その後に発展した都市国家の時代から約2千年もの間、各地域で根付いてきた多様な文化が途切れることなく続いており、職人たちはその地域文化を誇りとし、それを個性にしてモノづくりを行っており、イタリアの地場産業製品には文化的な厚みがあると感じています。フェラーリも、イタリア・モデナ郊外の町工場から生まれ、今もその地に本社を置く地場産業メーカーです。フェラーリという地域一番星の存在が、イタリアの地場産業メーカーに好影響を与え、地場のモノづくりのレベルを底上げしていることも特筆すべきでしょう。