[第96号]沖縄の伝統工芸の未来

沖縄は長い歴史と風土に育まれ、民芸運動の父・柳宗悦が沖縄を「民芸の宝庫」と語ったほど多種多様な伝統工芸が今に継承されています。沖縄が伝統的工芸品の分野で全国でも有数の地域であることは、国の伝統的工芸品指定の産地数によっても知ることが出来ます。産地数でみると、全国1位は京都府の17産地、第2位は新潟県と東京都の16産地、次に沖縄県の14産地と続きます。沖縄伝統工芸のルーツは約600年前に誕生した琉球王朝時代に遡り、当時琉球王朝は、中国・朝鮮・東南アジア・日本本土等との交易を頻繁に行い、莫大な利益を基盤に独特の伝統工芸を生み出し、亜熱帯に属する地理的条件と激動の歴史的背景の中で、この土地ならではの工芸を育んできたのです。沖縄の伝統工芸は、鮮やかで明るい色彩表現であることが特徴として挙げられます。沖縄は花の色が鮮やか、空が青い、緑が濃いなど、全ての色彩がはっきりとしており、その気候風土を生かしたデザインが活かされ、人々を魅了し続けています。

沖縄県の伝統工芸の生産額の割合は、織物31%、陶器24%、琉球ガラス23%、琉球紅型(びんがた)7%、琉球漆器3%、その他10%となっており、年間総売上は約40億円です。琉球紅型の年間売上は、職人数約170名に対し年間売上約2億5千万円。琉球漆器は職人数約70人に対し、年間売上は約1億円。大変厳しい経営状態がうかがえます。先日6月27日〜29日、沖縄県庁からのご依頼で、沖縄の伝統工芸の活性化を図るセミナーの講師として招かれ、沖縄の伝統工芸関係の方々と交流を図りました。その際の意見交換会では、沖縄の伝統工芸の職人の多くが年収100万円以下で、私が視察へ行った琉球紅型職人の年収は、熟練職人でも約70万円とのこと。全国の伝統工芸職人の約4割が年収100万円以下という統計がありますが、その多くは60歳以上の下請け専門の高齢職人。沖縄では40〜50代の働き盛りの職人でも年収100万円以下という方が多いとお聞きし、全国の伝統工芸業界の中でも、賃金体制の厳しい地域ということを目の当たりにしました。

世界が誇る高い技術力を持ちながら、時給換算でいうと学生のアルバイトより低いというケースも見受けられるのが、今の日本の伝統工芸の現状です。これは、伝統工芸品のほとんどは問屋を経由して流通されているため、商品価格の大部分は問屋と小売店に持っていかれ、下請けの職人に対しては、法外とも言える安い価格で発注されているからです。沖縄の伝統工芸の職人の方々は、現在の賃金体制では後継者を育成することができず、このままでは技術が途絶えてしまうと、流通に関しては相当悩んでおられました。これは沖縄に限らず全国の伝統工芸産地に言えることで、職人の低賃金体制が後継者難の状況を生み出し、結果、伝統工芸の地盤沈下を招いています。流通体制の整備は喫緊の課題であるものの、商売道徳上、問屋を外すわけにはいかずに旧態依然の流通体制が続いています。まずは新商品に関しては自ら営業を仕掛けていくなどの流通の短縮化を図り、作り手と買い手の距離を少しづつでも縮めていく必要性があります。

沖縄の伝統工芸の多くは個人事業所や個人作家が多く、そこで作られた品は商品というよりも作品的な要素が強いという印象を受けます。生活工芸品を産業として育てていく場合、作品作りから製品作りへの改革が必要です。そのためには、経営と技術とデザインの連携が欠かせません。デザインとは売れる製品作りであり、作ってから売ることを考えるのではなく、デザインの段階で「このような人たちをターゲットとし、このような製品を、いくつ作って、このような場所で、このような手法で販売する」などの条件を、出来るだけ細かく練り上げてから事業を開始することが重要です。これらを踏まえて、沖縄の伝統工芸業界は問屋を介さず、自らの力で海外市場を開拓する事業に取り組み始めました。まずは今年11月、ニューヨークのギャラリーにて、高付加価値の沖縄伝統工芸品をアピールするテストマーケティングを行い、以降、本格的に海外事業を展開していく予定です。

沖縄の観光客は年間約10%の伸び率で成長しており、特に外国人観光客の伸び率は著しく、昨年(2015年)は驚異の70%増の約150万人が沖縄を訪れました。増え続ける国内外の観光客を相手に、沖縄が育んできた伝統産業である焼物、織物、ガラスなど、ものづくりを実際に体験出来る体験型観光サービスを提供することは、伝統工芸だけでなく、沖縄文化の理解を深めることにも繋がります。作り手の話を聞きながら体験する行為そのものが良い思い出となり、自ら作った作品に対して愛着が増していきます。また、生産現場を見せたり、工房で直売所を設ければ、作り手にとってもお客様の反応を直にお聞きできる機会となり、今後のものづくりに生かすことができます。伝統工芸のような少量生産の産業は、製品を介した人と人とのコミュニケーション、お客様と直にふれあうことが大切であり、観光の盛んな沖縄は、伝統工芸の産業観光化をより積極的に取り組むべきでしょう。

沖縄の伝統工芸の特筆すべきこととして、多くの素材は沖縄県内で調達できるという点にあります。全国の伝統工芸は地元で素材が調達できたことによって、産地として形成されてきましたが、現在、地元で素材を調達できる産地は少なくなっています。沖縄では染色の原料である様々な植物、繊維となるサトウキビなど、多くの第1次産業が継承されており、それを生かした伝統工芸品である第2次産業、観光業を代表とする第3次産業と、それらが互いにリンクしている稀有な地域です。沖縄の伝統工芸業界は、地元の他産業とのつながりが深いため、全体の産業の生態系を見据えた取り組みが欠かせません。効率化は劣りますが、安価な輸入素材に頼らずに産地の繋がりの中で、産地のそれぞれの個性を際立たせることによって、沖縄の競争力は強まり、さらにインバウンドを取り込む産業観光事業によって、沖縄の工芸は世界から注目されることになります。第1〜3次産業の相乗効果を生み出す循環型のものづくりを構築していくことで、沖縄の伝統工芸は未来へ輝く新時代が到来します。