2つの老舗メゾンが実現した究極のボトルクーラーとは?

都市生活者のためのライフスタイルマガジン「エキサイトイズム(EXCITE.izm)

シャンパーニュの王者として知られる「KRUG(クリュッグ)」が、2011年から新たに取り組んでいるプロジェクトが「究極のボトルクーラーづくり」。そのパートナーとして世界中の候補から選んだのは、日本の無形文化財である鎚起(ついき)銅器の「玉川堂」だ。1843年(現在6代目)の創業以来、木樽を用いた職人的な醸造方法を貫く老舗シャンパーニュメゾン「クリュッグ」と、1816年創業(現在7代目)の歴史・伝統・職人技を誇る「玉川堂」。日仏の老舗メゾンがどのように巡り会い、今回のコラボレーションを実現したのか。完成に至るまでのエピソードを交えながら、両メゾン当主の「究極のボトルクーラーづくり」にかける想いを聞いた。

クリュッグ鎚起銅器ボトルクーラー サイズ側面/W142×D146×H248mm 底/W114×D114mm 重量790g

(以下、敬称略)

  • オリヴィエ・クリュッグ「KRUG」6代目当主
  • 玉川基行「玉川堂」7代目当主
  • 谷川じゅんじクリエイティブディレクター

―「究極のボトルクーラーづくり」がクリュッグの2011年新プロジェクトとして立ちあがった、きっかけをお聞かせください?

(オリヴィエ・クリュッグ)究極のシャンパンには究極のボトルクーラーが必要だという、非常にシンプルな理由からです。そもそも、私にその想いが湧き上がったきっかけは、私の曾祖父の祖父、つまり初代クリュッグ(ヨハン・ヨーゼフ・クリュッグ)が残した偉大なシャンパンづくりについての哲学的な記録の中にあります。1843年にクリュッグを創業した彼は、その記録の中でぶどうの選別方法や、発酵・ブレンド比率、熟成に関してなど、彼のシャンパンづくりにかける想いや哲学、ノウハウが事細かに綴っているのですが、彼はさらに「偉大なシャンパンを作るためには、とにかくすべての細かなディテールにこだわりを持て。あらゆる細かな作業を大切に、ひとつひとつ丁寧に重ねていかなければ偉大なシャンパンに到達することはできない」と記しています。その記述から私が想いを巡らせたのが、ボトルクーラーでした。

なぜなら、偉大なシャンパンやワインはその複雑さゆえに、適切な温度管理のもとにサーブしなければその素晴らしさを100%伝えることはできない。 私自身、クリュッグは特別なシャンパンだと自負していますが、自らの体験をもってもそれを実感しています。ですから、どうサーブするのかも、作り上げたシャンパンのクオリティの一部として考え、ベストな状態で楽しんでいただくための方法も含めてトータルで提供しなければならないと考えたのです。

― そのボトルクーラーが“究極”でなければならない理由は何だったのでしょうか?

クリュッグを愛してくださる方々、いわゆる“クリュギスト”と言われる愛好家の方たちは、クリュッグを自分の世界の一部であって欲しい願う方たちだと思います。そういう方たちはせっかくクリュッグを飲むのならば、当然ながら一番ベストな状態で飲みたいと思うわけです。そういう意味で、単なるボトルクーラーではなく、クリュッグのためだけにある、究極の、唯一無二のボトルクーラーが必要だと思ったからです。

―今までにもボトルクーラーづくりに挑戦されたことはあるのですか?

実は、プロポーザル(提案)そのものは過去にも100件近くいただいてきました。その多くがデザイナーの方たちからの持ち込み企画で、中にはもちろん素晴らしいデザインもありました。しかし、私が心を動かされるようなプロポーザル、つまり今回谷川さんのチームや玉川堂さんが実現してくれたこのボトルクーラーほどのクオリティを感じさせる提案に出会えてなかったというのが事実です。今ここに実現したクーラーはある意味、私たちが互いに何世代にもわたって培ってきた感情や文化を、モノを通じて人々に伝えてくれる“アート”のような存在だと思います。

―クリュッグと玉川堂との出会い、このマッチングはどのようにして生まれたのでしょうか?

(谷川じゅんじ)このプロジェクトが立ち上がった際、「究極のボトルクーラーを作る」というテーマはとても明快だったのですが、そこから先は正直何も決まっていなかったんです。分かっていたことは、まず「水も氷も使わない保冷性が必要であること」、そして「クリュッグのなで肩のボトルの美しさを最大限活かすことができるクーラーであること」、もうひとつは「今まで見たことがない唯一無二のデザインであること」でした。そこから、ありとあらゆる素材の検証が始まり、様々な可能性を突き詰めた結果、鎚起銅器という伝統工芸に至り、“究極”をテーマに優れた銅器の伝統を持つことで知られる燕三条に行き着き、そこからさらにクリュッグの哲学を共有できるメゾン探しの旅が始まったんです。

昨年の8月のキックオフを考えると非常にコンパクトな時間ではありますが、非常に密度の濃い期間を経てようやくたどり着いたのが玉川堂でした。歴史や技術を人から人へと伝承されていったという点においても、クリュッグのシャンパンづくりにおけるこだわりの肝となる部分をすべて共有できる。すべてにおいて申し分の無いパーフェクトマッチでした。実際に玉川堂にお会いしてからも、さらにそこから本当に実現可能かどうかという具体的な検証を重ねなくてはいけませんでしたから、8月〜12月までの月日はお互いすべてのクリエーションと情熱をぶつけあって、本当に密度の濃い時間だったと感じています。

―具体的にはどのように製作行程を経て完成したのでしょうか? 玉川堂の鎚起銅器の特徴も含めてお聞かせください。

(玉川基行)こちらのボトルクーラーはもともとは一枚の銅板でした。鎚起銅器づくりの基本的な行程は、様々な道具を用いて金槌で叩きながら形状を作っていくのですが、ポイントは伸ばすのではなく縮めていくという点です。200種以上の道具があるのですが、それらに銅版をひっかけて叩き、徐々に形状を作っていきます。取っ手や注ぎ口まですべて継ぎ目無く仕上げるのですが、そこにはそれ相応の技術が必要です。また、叩き縮めていくことで当然表面にはシワが寄るのですが、そのシワを重ねないように打っていくとだんだん立体的になっていくわけです。

鎚起銅器のもうひとつの特徴はその着色製法にあります。銅器の作り手は世界各地に様々存在しますが、この着色法はどこにも無い玉川堂ならではの技術です。今回製作したボトルクーラーは、シャンパンカラーをイメージして着色したのですが、外側は表面に錫(すず)を塗って低温で焼き付け、独自の着色液の中に何度も漬け込むことで生まれた特別な金色です。内側は銅本来の色を活かしながら、こちらも独自の着色液の中に何度も漬け込むことで生まれたシャンパンゴールドに仕上げました。いずれも焼き付けの温度を間違えるとムラが生じてしまうので、大変繊細な作業になります。

着色には、他にも硫化カリウム液や緑青なども用いるのですが、要するに銅の表面を酸化(腐食)させることによって色を付けているのです。この銅器は、使い終わった後に乾拭きすることによって色合いが深まっていきます。ですから、長年使えば使うほど、色が深まって経年変化していく。熟成を楽しむことができるという点は、ワインやシャンパンとの共通項ではないかなと思います。

―今回のこのボトルクーラーの形について、特筆すべき点はどの部分でしょうか?

(玉川基行)鎚起の普段の作業では銅を叩いて丸くしていくのですが、これは逆に反っていますよね? 実はこのように反らせた形状は私たちにとっても新しい挑戦だったのです。そのため、今回のボトルクーラーづくりは、新たにこのフォルムを生み出すための道具作りから始まりました。

玉川堂では創業した200年前から、新しい形状に挑戦するその度に新しい道具を作ってきたのですが、昔からその道具づくりもすべてゼロから手がけていまして、昔の道具も新しい道具もどちらも併用して製作しています。

―製作にはどれだけの時間がかかっているのでしょうか?

(玉川基行)1つだけ製作するのと、まとめて製作するのとではかかる日数も違ってくるのですが、だいたい1つが完成するまでに2〜3日はかかります。ちなみに、玉川堂は分業制ではなく、銅版を叩く作業から着色までひとりの職人が担当しますので、最低でもそれだけの日数が必要になります。伝統工芸は一般的には分業制で行なわれていることが多い中で、なぜ玉川堂がそうしないのか。分業制にしますと、物の心が分断されてしまうと考えているからです。職人は製品づくりだけでなく、実際にその商品を買われたお客様の意見にも耳を傾けます。そうすることで、より良いものを生み出していこうという心をひとつひとつの製品に宿していくというのが私たちの基本的な考え方なのです。

―何人の職人がいらっしゃるのですか?

(玉川基行)現在は15人の職人がいますが、このボトルクーラーは20〜30年修行を積んだ職人でないと作ることはできません。最初はぐい呑みなど小さいものからスタートするのですが、ステップアップするにはやはりそれなりの時間と鍛錬が必要になります。先ほどもお話したようにこのクーラーの形状は特殊ですから、玉川堂でもトップクラスの職人のみしか手がけることができません。

―このフォルムが生まれるまでに、デザインとしての最終地点にいくまではどれくらいの時間を要したのでしょうか?

(玉川基行)最初はまずデザイン画を出していただきまして、モチーフは「着物」でいくことは決まっていたのですが、そこから何十回も試作を繰り返しました。 最初は着物の奥袂を重ね合わせた部分がもっと強調されたデザインだったのですが、試行錯誤を重ねた上で最終的には“奥袂の重ね”の部分を曲線で繋いだこのフォルムにたどりつきました。

―特にこだわった部分はどこでしょうか?

(玉川基行)この口径の角度です。ボトルを取りやすい形でありながら、中の温度が一定に保てるという点でもちょうどよい角度なんです。とにかく、あらゆる検証とさまざまな計算を織り込んで、デザインだけではなく機能性にも優れたものを作りたかった。美しいデザインは、デザインと機能性を突き詰めていくことによって生まれていくものだと思っていますし、その考え方は私たちの物作りの理念でもあるので。

―このボトルクーラーを初めてご覧になっていかがでしたか?

(オリヴィエ・クリュッグ)その日のことは今でも鮮明に覚えているのですが、その日は日曜日であるにも関わらず驚くほど早朝の新幹線に乗せられて(笑)、降り立った燕三条からはまたさらに車で移動して到着したのが玉川さんのご自宅でした。絵に描いたような伝統的な美しい日本家屋でして、既に好奇心を掻き立てられている私を玉川さんが出迎えてくださいました。そうして彼が招き入れてくれた空間で真っ先に目の前にしたもの、まさに、筆舌に尽くしがたいほどの素晴らしい光景でした。

まさに、今まで見たこともないボトルクーラーとの出会いに私はしばらく衝撃を受けていたのですが、その反面、クリュッグのボトルがそのボトルクーラーの中であまりにも自然にたたずんでいることに驚きを覚えました。あたかも、今までずっと一緒にそう在ったかのような不思議な感覚です。このマッチングの素晴らしさ、相性の良さはまさに、私たちが今回このコラボレーションのストーリーを語る上で外せない一番重要な部分ではないかと思います。

―実際にそのボトルクーラーを手に取り、使用されてみた感想はいかがでしたか?

(オリヴィエ・クリュッグ)タイムレスな完璧な美しさだと感じました。シンプルさの中に存在する深みのあるこの曲線は、クリュッグの世界観を忠実に表現していますし、エレガントな面立ちはクリュッグの味わいそのものを具現しています。その一方で、保温性の面など機能的にも非常にすばらしい完成度だと思います。 サイズも形も機能も、クリュッグのボトルに自然とぴったり寄り添うように作られている。 まさにクリュッグのための特別な形だと言えます。そして、それぞれを別々にして置いて見ても、各々が十分に洗練された美しい形状でしっかりとしたキャラクターを持っているという点も素晴らしいことだと感じます。

―「機能的にも優れている」とありましたが、もう少し詳しく教えてください。

(オリヴィエ・クリュッグ)まず第一に、保冷性に優れているためとても良い状態で温度管理ができます。普通のボトルクーラーは氷で冷やしますが、クリュッグのようなシャンパンや偉大なワインは氷を使って冷やすと冷え過ぎてしまい、本来表現されるべきぶどうの繊細さや複雑な味わいが損なわれてしまうことが多いのです。その点、このボトルクーラーは適度に冷やしたボトルをそのまま温度管理することができるので、ベストな状態でキープしながらサーブすることができます。ちなみに、このクーラーはたとえば未使用時にそのままテーブルに置いてあったとしても、まるで花器やオブジェのような感覚です。

―日本の伝統文化や職人技について オリィヴィエさんにうかがいます。たとえば現代であれば携帯電話に至るまで、日本には精密なものづくりの文化がありますが、どう捉えていらっしゃいますか?

(オリヴィエ・クリュッグ)まさに誇るべき、世界有数の文化だと思います。日本の伝統技術あるいは伝統工芸というものは、決して過去のものではなく今もまだ日々の生活に根ざしています。そういう例は世界の他の国を見ても非常に稀なケースではないでしょうか? 私自身も“日本の伝統技術”は、イコール“過去”ではないという印象を持っています。“伝統工芸”とは言え、決して過去には属していない。玉川さんのように、伝統は守りつつも、同時に弛まぬ革新を続けて未来に向けて門戸を開いているというイメージが私の中にはあります。そういう観点でもクリュッグが日本の文化に深く共感する部分が多いのだと思います。

このボトルクーラーはご覧のとおり取っ手の無い形状ですから、持ち運んだり、人から人へと手渡す際に、自然とやさしく両手で包み込むことになります。そういう所作を自然と生み出し、そのエレガントなたたずまいや感触など、さまざまな五感を通じて相手にもてなしの心が伝わるような、そんなボトルクーラーとして愛されてほしいと思います。さらに長きにわたってクリュッグと玉川堂さんが育んできたモノ作りへの想いを通じて、クリュッグを愛してくださる方たちと歓びをシェアする大切なツールになっていって欲しいと、そう強く願います。

お問い合わせ:MHD(モエ ヘネシーディアジオ)tel. 03-5217-9738

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