[第119号]第4次産業革命・インダストリー4.0

 インダストリー4.0という潮流が、ものづくりの現場で世界的な注目を集めています。2011年からドイツが官民一体となって推進している国家プロジェクトの名称で、第4次産業革命(4.0)を意味します。業界や企業の垣根を越え、工場同士、もしくは工場と顧客などをインターネットで繋ぎ=「IoT(Internet of Things)」、「モノのインターネット」を構築させ、「スマート工場(考える工場)」時代の到来を目指すものです。それを実現させるためにはまず、様々な工場と工場を繋げるための通信手段やデータ形式などを標準化していく必要があります。さらにはモノやサービスに関わる全ての施設が、企業の垣根を越えてネットワークで繋がる社会を実現させることで、ドイツは国内を「1つの大きな工場」に見立てるという構想を描いています。これが実現すれば、ドイツの工場は全てスマート工場となり、ものづくりの可能性は無限大に広がります。工場が変われば消費者の行動も変え、それに伴って全く新しいビジネスも次々と誕生するでしょう。インダストリー4.0は、ドイツ経済のみならず、世界経済を変革させる大きな可能性を秘めています。

 第1次産業革命(1.0)は、18世紀にイギリスで起きた蒸気機関の発明による機械化で、大規模工場が出現して初めて本格的な産業が誕生しました。第2次産業革命(2.0)は、20世紀初頭、電力の普及によってベルトコンベアが使用されるようになり、大量生産が可能に。第3次産業革命(3.0)は、1970年代以降、コンピューターを利用した生産の自動化によって生産システムが劇的に進化し、日本の製造業は急速に競争力を付け、ものづくり王国の地位を築きました。そして今世界経済は、第4次産業革命「インダストリー4.0」へと大きく移り変わろうとしています。ではインダストリー4.0の本質とは何か。それは公共インフラです。遠隔地の工場と情報を共有し、さらには工場のみならず様々な業界の現場とも情報を共有することで、単なる生産の効率化だけでなく、そこでやりとりされる情報のスピードや量が、人手に比べると数十倍、数百倍となり、その情報を基に、大きく2つのメリットが生まれてくるとされています。

 一つ目は、生産や流通工程の最適化を進めると、これまでの集中型から、分散型・個別型へと生産サイクルの考え方が変化し、工場はもはや製品を画一的に大量生産する場所ではなくなります。単一製品の大量生産時代が終焉を迎えつつある今、顧客のニーズの多様化を反映した特注品を、低コストの大量生産プロセスで実現する「マス・カスタマイゼーション」の到来です。そのトップバッターをドイツが走ろうとしています。携帯電話やテレビなどを購入する際、ラインアップされた中から選んでいますが、インダストリー4.0が進行していくと、自分の好みを伝えるだけで、量産品と同様の価格でオリジナル製品を購入できるようになります。二つ目は、モデルチェンジの概念が変わります。自動車業界の場合、自動運転制御システムへ移行しつつありますが、ネットで集めたニーズを基にソフトをアップデートすると、即座に新機能を追加できるようになり、毎日のようにモデルチェンジが可能となります。

 ドイツがインダストリー4.0を国策とした背景には、ものづくり王国として世界に君臨してきたドイツの強い危機感がありました。手工業時代からマイスター制度を導入することで世界有数の技術力を養い、高付加価値製品を次々と輩出。世界最大の貿易黒字を稼ぎ出してきましたが、近年、高賃金でコストがかさみ、アジアを中心とした新興国の激しい追い上げに見舞われています。また、ドイツは95%以上が中小企業という町工場の集積国ですが、中小企業は資本力に乏しく、しかしインダストリー4.0に対応するソフトウェアの開発には多大な資本力を必要とするため、政府が音頭を取り様々な業界を巻き込んで標準化を進めているのです。一方、ITを生かした新しい販売モデルで革新的なビジネス展開を進めているアメリカに対し大きな脅威を感じています。膨大なデータを操るアメリカのIT企業がものづくりの分野に進出しつつあり、世界の大手メーカーを下請けのように使う時代も現実味を帯びてきました。ITの技術力を製造業へと応用すれば、ものづくり王国アメリカの時代が到来するかもしれません。

 インダストリー4.0は生産だけに特化するのではなく、顧客との繋がり方も含め、製造業そのものを革新させていくプロジェクトでもあります。ドイツが先陣を切って進めている「マス・カスタマイゼーション」を実現するためには、生産性の向上だけでなく、顧客と工場との関係性を改善していく必要性があります。つまり、インダストリー4.0とは、製造業と非製造業の境目を無くすプロジェクトと言っても良いでしょう。インダストリーという言葉が産業全体を指しており、さらに広義に解釈すれば、農業、教育、医療など、全ての産業を包括するものと言えましょう。実際に農業でも、「農業4.0」というインダストリー4.0の動きにより、大きな転換期を迎えようとしています。インダストリー4.0は業種を問わず、さらには大企業も中小企業も含めて、全ての現場を繋げ、標準化に取り組むことが求められています。全ての産業が連携して相互に繋がるシステム、デバイスが増えれば増えるほど、インダストリー4.0のメリットは高まり、その可能性はまさに無限大です。

 2016年4月、経済産業省とドイツの経済エネルギー省との間で「IoT・インダストリー4.0協力に係る共同声明」への署名を行い、翌月2016年5月にドイツで行われた首脳会議で安倍首相は、「インダストリー4.0を通じて、日本とドイツで第4次産業革命を起こしていく」と決意を述べました。ドイツと日本は先進国の中で、GDPに占める製造業の割合がトップクラスに高いものづくり王国。取り巻く環境は日本も同じですが、現状ではドイツに大きな遅れを取っています。日本もインダストリー4.0の先進国となってドイツと積極的に連携し、将来的には全世界の全ての工場がスマート工場となれば、正真正銘の第4次産業革命の到来と言えるでしょう。大企業は大企業なりの、町工場は町工場なりのインダストリー4.0のあり方を検討する時期に来ており、その流れに乗っていく企業と乗らない企業、さらには乗っていく地域と乗っていかない地域でも、将来その差は広がっていくのではないでしょうか。ドイツと連携しつつ、まずは日本の「スマート工場」の実現に向け、国や地域を挙げて、本格的に動き出す時期に差し掛かっています。