[第115号]豪雪地帯のブランディング〜雪国観光圏

バブル期、一世を風靡した越後湯沢を中心とした新潟県内のスキー場と周辺の温泉街。東京から越後湯沢間は、新幹線で約1時間というアクセスの良さも人気に拍車を掛け、マンションも次々と建設され「東京都湯沢町」とまで称されましたが、バブル崩壊後、スキー客や温泉客は年々減少していきました。しかし近年、ウィンタースポーツや温泉を楽しむだけの集客ではなく、雪そのものを観光資源として地域の活性化を図ろうという新たな動きが出てきました。「雪国観光圏」です。日本の雪は外国人観光客にとっては魅力的なコンテンツ。100年後も雪国であるために地域の本質的な価値を作り出すことを目的とし、次世代が誇りを持つ地域にすべく、新潟県魚沼市、南魚沼市、湯沢町、十日町市、津南町、群馬県みなかみ町、長野県栄村の7市町村で構成される広域観光圏で、2008年に設立されました。雪によってもたらされる豊かな自然環境、雪と共存してきた生活文化、そして食文化などの観光資源に磨きを掛け、豪雪地帯のブランディングを目指しています。

観光圏とは、自然、歴史、文化等において密接な関係のある観光地がまとまり、連携して2泊3日以上の滞在型観光に対応できるよう、観光地としての魅力を高めようとする区域を指します。2008年より観光庁が推進する事業で、現在13の観光圏が認定され、補助金交付や旅行業法の特例といった国の支援を受けながら、国際競争力の高い魅力ある観光地域づくりを目指しており、上記7市町村で形成する「雪国観光圏」も観光庁の観光圏に認定されています。泊化を促進する上で中核となるのは宿泊施設ですが、宿泊の前後に何を観光するかが観光圏のポイントであり、従来からの観光施設や観光事業者だけでなく、ニューツーリズムの資源や人材が一緒になって魅力ある観光滞在プランを創出することが問われています。その観光滞在プランの人気投票である「全国観光圏・観光滞在プラン総選挙2017」(主催:全国観光圏推進協議会、後援:観光庁など)の投票結果が先月1月5日に発表され、13観光圏の中から雪国観光圏がトップに選ばれました。

その雪国観光圏の観光滞在プランをご紹介しますが、実に魅力的なプランが実施されています。①雪下にんじんの収穫体験と雪上アウトドアランチ。雪から収穫した野菜や雪室で保存された野菜は甘みが増すことが科学的に証明されており、採れたて人参の甘さはさらに格別な味わいとなります。この収穫と食事を同時に体験することは、食育の観点からも大変有効です。②酒蔵で雪国の発酵文化体験。豊富な湧水、澄み切った空気、最良の酒米によって育まれてきた日本が誇る酒造りの現場を特別に見学できます。お酒づくりの現場を見ることでそのお酒への愛着が増し、作り手の姿を思い出しながらお酒を飲むと、不思議と美味しさも増すものです。③SNOW ART 雪花火鑑賞。越後妻有で行われる一夜だけの雪上のアート「雪花火」は幻想的で感涙を流す人も。新潟は全国有数の花火王国ですが、雪花火は独自の世界観を演出し、花火の新しい文化を創出しました。④輪かんじきで歩く裏山お散歩ミニツアー。輪かんじきとは雪上で足が埋まらないように歩くための民具です。大雪の中を自由自在に歩くことで人と雪の距離が縮まり、雪に親しみが湧いてきます。

雪国観光圏のブランドコンセプトは「真白き世界に隠された知恵と出会う」。世界有数の豪雪地として知られる雪国観光圏は「人が住む豪雪地帯」であり、積雪数メートルという豪雪地帯にありながら集落が多数点在しているのは、世界的にも稀なケースと言われています。この周辺はスキーをはじめとした冬季のレジャーが国内外から人気を博していますが、「雪」そのものの活用は観光も含めてあまり議論がされていない分野でした。毎年3mを越す積雪があり、年間の半数近く雪に覆われる多雪地帯。約8000年前の縄文時代にも同地域には同様の降雪があったとされ、悠久の昔から厳しい冬を越すために、雪国ならではの生活の知恵が随所に息づいています。点在しては埋もれてしまう地域資源を発掘して繋ぎ合わせ、北海道、東北、北陸など、他の豪雪エリアとは異なる新潟、長野雪国文化の独自性を磨き上げ、世界に通用する価値を生み出すことを目指し、首都圏からのアクセスの良さを活かした滞在型観光を促進しています。

雪国観光圏は豪雪と融合しながら独自の食文化を育んでおり、「雪国ガストロノミー」というコンセプトのもと、食を観光資源とし、収穫体験と料理体験を組み合わせた着地型ツアーの商品化を展開しています。雪解け水や寒冷な気候は、魚沼産コシヒカリのような世界一評価の高い米を生み出し、上質の日本酒を醸造する酒蔵もこの地域に集中しています。また、晩秋になると食材を乾燥や塩漬けする冬支度をし、冬になると雪中で野菜を保存するなど、長く厳しい冬を越すための知恵が凝らされていますが、それらの越冬食は多種多彩で、同じ土壌から育まれた食品同士は相性も良く、地元酒蔵の日本酒とのマリアージュも抜群です。山に入り、土の手触り、食材を活かす知恵に触れ、そして味わう。また、古民家をリノベーションした宿で温泉に浸かり、かまくらBARでの日本酒を楽しむ。五感をフルに活用させ、観光客が旅に求める本質的な感動を追求しているのです。ゆくゆくは雪国観光圏エリアを世界に知られるガストロノミー先進地へと育てることを目指しています。

観光圏として認定されるには、3つのハードルを乗り越える必要があります。①広域連携を行い自治体の枠を越えること。②観光関係者だけでなく、農業や産業、教育関係者など、業界の枠を越え異業種が繋がること。③行政と民間が連携すること。この3つのハードルを越え観光地域づくりのプラットフォームを構築させ事業を行うわけですが、そこには地域をマネジメントするコーディネーター役の人材が必要です。雪国観光圏に於いては、代表理事を務める井口智裕氏(越後湯沢・HATAGO井仙 代表取締役)が牽引。その情熱にはいつも感銘を受けるとともに、私自身刺激を受けています。雪国の良さを共感する観光客が増えれば、地域の方々がそれぞれのビジネスにより一層誇りを持ち、また子供たちも地元で商売を受け継ぐ動機付けにもなります。さらに、移住、定住する人も出てくるでしょう。「100年後も雪国であり続けるために」。雪国観光圏の今後の展開がますます期待され、地域ブランドの事例としても世界中からますます脚光を浴びていくことでしょう。