[第108号]和菓子が秘める地域のブランド力

日本には各地に地域色豊かな和菓子があり、伝統的な食文化と共に育まれてきました。中でも、城下町である京都・金沢・松江は、お茶の文化と共に日本三大菓子処として和菓子文化の発展に大きく貢献しました。和菓子の起源は弥生時代にまで遡ります。木の実を乾燥させてすり潰し、間食として食べたのが始まりとされ、和菓子は日本最古の加工食品なのです。菓子の「菓」は果物、「子」は種子を意味し、これを総じて「果子」と呼ぶようになりましたが、安土桃山時代に輸入された南蛮菓子が登場してからはそれと区別するため、次第に「和菓子」という名称が用いられるようになりました。日本の四季との関わりが深く、四季折々のデザインと多彩な色彩感覚は食の芸術としても世界的に評価され、無形文化遺産の和食と共に今後は世界展開も期待できます。また、和菓子は贈答品としての需要が高いのが特徴であり、地方の和菓子企業は地域ブランド連想によって地域活性化にも大きく貢献できる要素を兼ね備えています。

和菓子業界は極めて零細性が強く、製造直販の中小企業や個人事業が圧倒的に多い業界で、約95%の企業が従業員10人未満という構造となっています。零細性の強い業態である理由は、地域密着型の経営が多いことが大きな要因で、販売商品には消費期限が短いものが多く、流通菓子のような展開が出来にくいため、それぞれの店がその規模に応じた地域の固定客を掴んでいるためと言えます。また、歴史のある中小企業や個人事業が多く、独自の売れ筋商品を育ててきたことや、それが各店の個性化にもつながって、安定した客筋を掴んできたことも一因と考えられます。また、ほとんどの中小企業や個人事業が土地建物を自己所有し、自身の生活と密着して和菓子店を経営しているために経営基盤が比較的安定していること、営業規模の割には資産状態が良いことも和菓子業界の特徴と言えます。反面、ブランディングや時代に呼応した商品開発にはあまり着目せず、新しいビジネスの構築には無関心な経営者が多いとも言われています。

そんな中、和菓子業界で巧みなブランディングで急成長した代表的企業の一つが「源吉兆庵」です。戦後、岡山市内の小さな和菓子屋からスタートし、1980年代後半以降、現社長の優れた経営手腕によって事業を大きく展開。岡山市に本社を置きつつ、老舗和菓子店舗が競い合う京都で新ブランド「京都 清閑院」の立ち上げを皮切りに、奈良市に「香寿軒」、鎌倉市に「鎌倉源吉兆庵」、東京・日本橋に「日本橋屋長兵衛」など複数のブランドを立ち上げ、それぞれ子会社としてその地域で本店を構えています。京都、奈良、鎌倉、日本橋という、和菓子の老舗性が感じられる地域の選択、その地域の菓子舗に相応しい特徴あるネーミングに、消費者のブランド連想を巧みに誘導する戦略性が見て取れます。そして、基幹ブランドである「源吉兆庵」は、ニューヨークの5番街、ロンドンのピカデリーという一等地に店舗を構え、和菓子の世界展開や日本文化の啓蒙活動にも貢献。パリに直営店を構える「とらや」と並ぶ、日本を代表する和菓子企業として世界的に認知されています。

新ブランドも次々と台頭しています。「HIGASHIYA」は、銀座と南青山に店舗を構える新進気鋭の和菓子ブランド。中でも銀座店(POLA銀座ビル)は店主・緒方慎一郎氏の美意識が凝縮された空間構成になっており、銀座の名所の一つとして認知されています。本職はデザイナーですが、デザインと食は表現形式として一体でなければならないと自ら和菓子店を経営し、店舗デザイン・和菓子・パッケージなど全てプロデュース。緒方氏の世界観が体感できます。和菓子も見事な味わいで、連結する喫茶も都内有数のレベルの高さです。また、京都市・綾小路の京あめ「Crochet(クロッシェ)」は、創業130年の京あめの老舗「今西製菓」の新ブランド。白色に統一された店舗内装と宝石のように美しい京あめの数々は、飴の概念を見事に覆す逸品です。飴のデザインはパリのファッションデザインを取り入れ、京あめの新しい世界観が表現されています。上記2ブランドに共通することは、ブランドメッセージが明確で、店舗デザイン・和菓子・パッケージなど、全てに統一感があること。製品の品質も想像を超えるレベルの高さで、和菓子業界の今後のあり方に一石を投じるブランドと言えるでしょう。

このように新ブランドが次々と台頭し、和菓子は新時代を迎えていますが、和菓子の1世帯あたりの年間支出額はここ20年間で約半分に減り、和菓子離れは著しい状況です。この和菓子離れに歯止めを掛ける存在としてコンビニスイーツの和菓子が大ヒットを連発しており、和菓子人気を復活させる原動力になっています。2006年以降、コンビニ各社はチルド和菓子を積極的に導入し、今まで和菓子を購入することのなかった顧客層を取り込みました。チルド和菓子と言えば、消費期限が当日限りのため廃棄ロスが出るなど難しいカテゴリーでしたが、技術革新によって消費期限を3~5日程度に延ばすことが可能に。また、和菓子屋では1つだけ買うことに抵抗がある消費者が多いものの、コンビニでは1つだけでも買えるため、この気軽さも需要拡大に繋がっています。また、和菓子は贈答需要が高いことに対し、コンビニは自家需要がほとんどのため、和菓子の魅力を再発見し、顧客層の底辺拡大に大きな役割を果たしているとも言えます。コンビニの台頭で淘汰されている和菓子店舗もありますが、底辺拡大を商機として捉え、業界は和菓子ブーム到来へと大きく舵を取って欲しいものです。

贈り物としてのニーズが高い和菓子は、品質もさることながら、他の業界以上にパッケージデザインが重要視される業界でもあります。新ブランドが台頭し競合ひしめく今、その傾向はますます高まっていくことでしょう。これからは地域の和菓子企業と地元デザイナーとの協働をさらに活発化していくことが求められていく時代となります。地域で産み、地域でデザインするという「地産デザイン」という概念を浸透させていくことが、これからの和菓子業界の方向性であると思っています。明確なコンセプトのもと、パッケージデザインは消費者に商品情報や価値、ブランドアイデンティティの無形的価値を提供する大切なコミュニケーションツールであり、地元デザイナーと共存共栄することが和菓子業界活性化の鍵。成長している和菓子企業は、例外なくデザイナーとの協働が上手くいっています。弛まぬ技術革新と商品開発、積極的な流通改革、そして、地産デザインの活用。もともと製販一体型が構築されている業界だけに、デザインの力で和菓子という日本文化をさらに成熟させ、地域活性化の原動力としての飛躍も期待したいものです。