[第104号]民泊の見直しと民宿の可能性

円安や訪日ビザの緩和を受け、訪日外国人観光客数は、2014年1,341万人、2015年1,974万人、2016年2,404万人と、想定を遥かに上回る勢いで増え続けています。政府は5年前、2020年の東京五輪開催時に2,000万人を目標として掲げていましたが、現在は4,000万人へと上方修正しています。その分、東京・京都・大阪などの大都市でのホテル稼働率は軒並み上昇し、観光シーズンは国内の旅行者やビジネスマンも宿泊先を確保できない状況に陥り、「ホテル難民」という言葉も生まれました。また、ホテル側も便乗値上げし、宿泊費が急騰するなどの影響も出ています。このまま訪日外国人数が増え続けると、2020年、客室数は約40,000室不足すると予測されています。現時点でも既にホテルの不足感が強まっていますが、東京オリンピック後の供給過剰懸念から、新たなホテルの開業には慎重になっている傾向もあり、ホテルのみで約40,000室の穴埋めは現実的には不可能な状態と言えます。訪日外国人観光客への宿泊施設不足の解消策には、早急な対応が求められています。

この状況を改善するための策として注目されているのが「民泊」です。大都市を中心とする慢性的な宿泊施設不足を背景に、政府は旅館業法の規制緩和を進め、自宅やマンションの空き部屋など、一般住宅を宿泊施設として貸し出して旅行客を有料で泊める民泊を奨励しています。ホテルに比べてリーズナブルに宿泊できるという価格的な利点だけではなく、現地の人々の暮らしや住まいに密着した異文化体験ができるという点も、訪日外国人観光客にとって民泊を利用する魅力となっています。空き家、マンションの空室など、日本全国の空室率は20%を超えていると言われており、人口減少の日本では、今後さらに増加することが予想されます。現在、訪日外国人観光客の10人に1人は民泊を利用していると言われており、民泊仲介サイトは大盛況です。ホスト(部屋を貸す人)とゲスト(部屋を借りる人)のマッチングサービス業で、ホストは副業として収入を得ることが出来、ゲストはホテルより格安で宿泊できるため、民宿ビジネスは急成長を遂げています。もはや、民泊なくして日本のインバウンドは成立しない状態となっており、民泊への依存度は高まる一方です。

しかし民泊は、宿泊施設として想定した建築ではないため、防災や防犯、衛生面など、日本の旅館業法で定められた基準に満たしていないケースがほとんどで、宿泊者の安全確保が出来ていません。また、外国人は日本との文化や生活習慣の違いがあるため、近隣の住民とトラブルが生じたりするなど、多くの課題を残したままなのです。設備投資や申請手続きに必要なコストをかけている宿泊業者から見ると、その手続きを行っていない民泊ビジネスは不公平に映ります。また、宿泊業者は法人として納税する義務があり、物販にかかる固定資産税額が自宅と営業用で全く異なるということも、不公平という面では同様です。ホテルや旅館では、旅館業法に則って厳格に業務を行い、サービスの質の向上に努めていますが、民泊の推進によってグレーな宿泊の営業が横行しており、メリットもデメリットも非常に大きいことが、今の民泊の現状です。

宿泊施設の増加は喫緊の課題であるものの、民泊の推進は慎重に行わなければなりません。将来の日本の観光産業を考えると、民泊よりは、旅館業法に則った「民宿」に注目すべきであると考えています。農林水産省は「農家民宿」を推進事業として農家へ奨励していますが、宿泊施設の増加だけでなく、農業振興のためにも、さらに国力を注力して欲しいものです。農家が住居の一部を旅行者に提供する新しいスタイルの宿泊施設で、希望に応じて農作業を体験したり、その農家が作った作物を食べることで、より深くその土地の習慣や文化に触れることができます。事業の多角化を推し進める先進的農家が農家民宿を営んでおり、安倍首相が唱える「強い農業」には欠かせない事業です。また、全国各地の古民家を活かし、民宿として営業する動きも出始めていますが、これも地域活性化に繋がるため、政府や行政のより一層のバックアップを期待しています。そこに地産地消のレストランも併設できれば、さらに魅力的な展開になるでしょう。

農家民宿の世界的好事例を挙げると、フランスの存在が飛び抜けています。終戦直後からグリーン・ツーリズムが振興されているフランスは、ヨーロッパ最大の農業国で、農業経営の多角化を通じた所得向上は、EUの農業構造政策の柱の1つとなっています。その農家民宿をビジネスとして成功させているのが、フランスワイン業界です。もはや民宿の領域を超えて、高級ホテルクラスの施設を提供している革新的企業や生産者も存在しますが、中でも日本人に人気の高い宿は、ボルドーの名門「シャトー・ラグランジュ」です。一時は荒廃したシャトーをサントリーが購入して立て直しに成功。その後は設備投資にも力を入れ、宿泊施設とレストランを併設し、連日外国人観光客で賑わっています。企業経営の多いボルドー地方に対して、家族経営の多いブルゴーニュ地方は、小規模グループや個人旅行に適しており、生産者と密接したサービスを受けることができるため、日本人ワイン愛好家にも好評です。農家民宿のヒントはフランスにあり、日本の農家はフランスワインを参考に、民宿事業を推進して欲しいものです。

政府は東京五輪開催の2020年に、訪日外国人観光客数4,000万人を目指していますが、宿泊施設などのインフラが整わないまま、苦肉の策で民泊の奨励を行っています。日本経済の活性化には、訪日外国人観光客の増加は必要不可欠な状態であることは間違いなく、地場産業に従事し、産業観光を促進している私たちとしても、さらなる増加を期待しています。しかし、急激に伸び過ぎている感があり、量より質を重視したインバウンド政策が求められていることも確かです。旅館業法に則った宿泊施設への宿泊を基本路線とし、旅行者が安全に宿泊出来ることが最優先ですが、それに対する対策が出ておらず、このまま民泊ビジネスが野放しに広がると、観光立国を目指す日本の足かせになりかねません。民宿は民泊と異なり、コストも経費も掛かり、そして急激な宿泊施設数の拡大には繋がりませんが、民泊ビジネスに対する規制強化、民宿ビジネスの新たな制度改革を推し進めていくことこそ、これからの日本の観光産業に求められていることです。